大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和49年(わ)307号 判決 1974年11月07日

被告人

被告人 本籍

神奈川県小田原市板橋六三七番地

住居

右同

建築業

杉山重春

大正一五年三月一〇日生

被告事件

所得税法違反

主文

1  被告人を懲役一年六月および罰金三、五〇〇万円に処する。

2  被告人において右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

3  この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

4  訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(認定事実)

被告人は、建築業を営むかたわら営利の目的で継続的に株式の売買を行うことを業とするものであるが、自己の所得税を免れようと企て、他人名義および架空名義で株式の売買取引をする等の不正手段により所得の一部を秘匿したうえ

第一  被告人の昭和四五年分の実際の所得金額は、事業所得二億一、九三九万二、五六五円、配当所得二、二七万四、〇〇〇円、不動産所得一七万〇、五七〇円の合計二億二、一八三万七、一三五円で、これに対する所得税額は一億五、三七八万四、八〇〇円であるのに、昭和四六年三月一一日、小田原市本町一丁目二番一七号所在の所轄小田原税務署において、同署長に対し、右年分の事業所得一七二万六、二五二円、不動産所得一七万〇、五七〇円の合計一八九万六、八二二円で、これに対する所得税額は一三万九、五〇〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて、被告人の右年分の正規の所得税額一億五、三七八万四、八〇〇円と右申告税額一三万九、五〇〇円との差額一億五、三六四万五、三〇〇円をほ脱し

第二  被告人の昭和四六年分の実際の所得金額は事業所得八、五二八万七、七五九円、配当所得一五九万九、七五〇円、不動産所得一二万三、五七〇円の合計八、七〇一万一、〇七九円で、これに対する所得税額は五、二一五万一、〇〇〇円であるのに、昭和四七年三月一四日、前記小田原税務署において、同署長に対し、右年分の事業所得一六九万一、〇五八円、配当所得七五万円、不動産所得一二万三、五七〇円の合計二五六万四、六二八円で、これに対する所得税額は七万九、三〇〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて被告人同年分の正規の所得税額五、二一五万一、〇〇〇円と右申告税額七万九、三〇〇円との差額五、二〇七万一、七〇〇円をほ脱し

たものである。

(証拠)

1  被告人の当公判廷での供述

2  被告人の収税官吏大蔵事務官に対する各質問てん末書および検察官に対する各供述調書

3  証人内田州彦の当公判廷での供述

(主として株式現物取引益および株式信用取引益につき)

4 収税官吏大蔵事務官作成の株式(現物取引)調査書

5 収税官吏大蔵事務官作成の株式(信用取引)調査書

6 収税官吏大蔵事務官作成の株式等売買内訳調査書

7 新日本証券株式会社平塚支店長作成の上申書(顧客勘定元帳等の写について)

8 和光証券株式会社小田原支店長作成の証明書(顧客勘定元張の写について)

9 三洋証券株式会社小田原支店長作成の証明書(顧客勘定元帳等の写について)

10 第一証券株式会社小田原支店長代理作成の証明書(顧客勘定元帳等の写について)

11 日興証券株式会社小田原支店長作成の証明書(預り金勘定元帳等の写について)

12 山一証券株式会社平塚支店長作成の証明書(諸勘定元帳等の写の提出について)

13 大和証券株式会社藤沢支店長作成の証明書(顧客勘定元帳等の写について)

(主として他人または架空名義の取引が被告人に帰属することにつき)

14 押収してある念書一一枚(昭和四九年押第二三三号の五)および念書六枚(同号の六)

15 三洋証券株式会社沼田光雄作成の証明書(念書の写)

16 山一証券株式会社平塚支店長作成の証明書(取引名義届出書の写について)

17 三洋証券株式会社小田原支店長作成の証明書(差留、承諾書控等の写について)

18 山一証券株式会社平塚支店長作成の証明書(顧客勘定元帳等の写について)

19 前記11、12の証拠

20 佐藤昌已(二通)、大国俊雄、本多博(二通)の収税官吏大蔵事務官に対する各質問てん末書

21 佐藤昌已、大国俊雄、本多博の検察官に対する各供述調書(主として支払利息認容につき)

22 収税官吏大蔵事務官作成の預り金、借入金年末残支払利息等調査書および「借入金各年末残高および年中支払利息」調査書

23 松井勇(二通)、片岡正平、杉山友枝、日下部博の収税官吏大蔵事務官に対する各質問てん末書

24 松井勇の検察官に対する供述調書

(主として謝礼金認容につき)

25 収税官吏大蔵事務官作成の蛇目ミシン工業他人名義株式配当金調査書

26 蛇目ミシン工業株式会社株式課長作成の上申書(配当金の支払明細について)

(主として配当所得計上洩につき)

27 収税官吏大蔵事務官作成の査察官調査書(配当所得についての調査結果について)

28 前記25、26の証拠

29 押収してある所得調査カード一綴(昭和四九年押第二三三号の七)

(被告人の株式取引回数および株数につき)

30 収税官吏大蔵事務官作成の株式の売買回数調査書(その1)

31 収税官吏大蔵事務官作成の株式の売買株数調査書

32 前記4ないし13の証拠

(主としてほ脱税額の計算につき)

33 収税官吏大蔵事務官作成の脱税額計算書二通

34 押収してある昭和四五年分確定申告書(昭和四九年押第二三三号の一)、昭和四五年分青色申告決算書(同号の二)、昭和四六年分確定申告書(同号の三)、昭和四六年分青色決算書(同号の四)

(法令の適用)

罰条 所得税法二三八条一、二項(懲役および罰金を併科する)

併合罪の処理 刑法四五条前段、懲役刑につき四七条本文、一〇条により犯情の重い第一の罪の刑に法定の加重、罰金刑につき四八条二項

労役場留置 刑法一八条

刑の執行猶予 懲役刑につき刑法二五条一項

訴訟費用 刑訴法一八一条一項本文

(検察官 小野沢峯蔵 出席)

(裁判官 米沢敏雄)

控訴趣意書(50・9・8控訴取り下)

所得税法違反 被告人 杉山重春

右者に対する頭書被告事件の控訴の趣意は次のとおりである。

昭和五〇年六月一八日

弁護人弁護士 斉藤英彦

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

原判決の事実認定については争いのないところであるが、量刑重きに失すると思料するので、以下その理由を述べる。

一、 被告人の税逋脱の意思が、未必的なものであり反社会性の極て低い事実

本件のごとき所謂法定犯においては当該刑罰法規についての認識の有無は犯罪成立の要件として必要無いとは云いながら、右刑罰法規についての認識の有無は、行為の反社会性の程度に決定的評価を与えるものである。

本件において、被告人は行為当時漠然と株式譲渡の利益について、課税される場合があるかもしれないと考えてはいたものの、明確な認識のないまま被告人の査察官に対する質問てん末書、検察官調書公判廷における供述に明らかなごとく被告人は課税問題について確認のため小田原税務署員、或いは、和光証券株式会社支店長等に株式譲渡益の課税問題について質問しており、しかもその結果それらの人達から株の売買益は競馬の当たりと同じで課税されない。そのかわり損をしても控除されないなど(被告人の原審における証言)むしろ消極的な答を得ている。

このように、被告人が税法法規を知らないため結果的に脱税行為を行なったことになったのはやむを得ないとしても、問題は税務署員或いは証券会社の支店長クラスでさえも株式譲渡益についての課税の法規を知らなかったと云う右のごとき事実である。

本件のかなり後になって、所謂殖産住宅事件、或いは著名俳優の株式譲渡益についての脱税事件等が発生し、これによって株式の譲渡益についても課税される場合があるということは世間にかなり広く知られるようになったものの、本件当時は、株式譲渡益に対する課税の問題即ち、所得税法第九条一項一一号、所得税法施行令第二六条の問題は極く一部の者のみの知るところであり、しかも前記小田原税務署員の例のごとく税務関係者の中においても、右規定を知らない者が多く直接、その問題に関係する極く一部の者のみの知るところであったものである。

このように被告人が適用される刑罰法規は特殊且、技術的であり知らないことがむしろ通常の社会人としては常識的なものであった。

このように特殊な技術的な法規を被告人が知らなかったからと云って、「法の不知は許さず」、として重く処罰するのは果たして社会的衡平の観念に合致するものであろうか。

甚だしく疑問を感ぜるを得ないものである。

二、 脱税による利得は全て被告人個人の利得とはなっていない

事実通常脱税事件は行為者の私利私慾のため行なわれ、それによって利得したものは全て行為者の利得するところとなるのであるが、本件における被告人の脱税行為はこれと趣が異なっている。

原審証拠調に明らかなように、被告人は「税務署で税金をとってくれないのなら、神仏に寄附しょう」との考えのもとに利得した金は全て鶴見総持寺、大雄山、小田原霊寿院等神社仏閣に寄附している。

右事実は、国税局査察官作成の調査書並びに被告人から依頼され寄附を行なった植松房枝の証言に明らかであるが 右査察官の調査書は、寄附の行なわれた一、二年後に神社仏閣に対する寄附という困難な対象を調査したものであるが、これによってさえも五千万円の寄附金額が証明されている。

しかも、被告人は植松房枝を霊感を持つ予言者として、尊敬し、同人を介して同人の自由意思まかせで寄附を行なっているのであるが、これらのことを合わせ考えると、被告人が自らの述べるとおり一億五千万円の金員は寄附を行なうものとして植松房枝に託されたものと、十分推測しうるものである。

斯のごとく、常識としては考えられない、一億円以上の寄附という事実を被告人は確かに行なっているのである。

しかも、その動機も長女を亡くしその 提をとむらう信仰心と世のため人のためという、利己心を離れた清らかな心から行なわれたものである。

このように、本件は通常の脱税事件のごとく私利私慾に汚れた反社会的なものではなく、被告人が利得したものを自からの手中に納めるのを認めるのを潔しとせず、信仰のため、社会のため提供しているのである。

三、以上のごとく本件は、所謂「法律の不知」についてむしろ知らなかったことが、常識的でさえあった事件であり犯意ありとして法の形式論理的適用を行なうことは、合理性に欠ける首肯し難い結論を導く結果となり又、通常の脱税事件のごとく不法な行為による利得は許さずとして多額の罰金を科するには、その利得した金員の処分について、あまりに脱俗的な無慾な行為を被告人は行なっているものである。

裁判所におかれては、被告人が前記のごとき、寄附を行ない本件行為による利得は全て社会に還付している点も考慮され、被告人については懲役刑のみを科され罰金刑を科されないよう切望するものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例